人の持つ可能性を信じる農場
東京の自由学園で英語教師をしておりました僕の父親、真一郎は学校を辞め、40年前に長野で共働学舎を始めます。
障害や病気で教育を受ける場がなかった人、何かの理由で自分が生きていく場を見つけられなかった人たちが、どうしたら自分の中に潜んでいる力で生きていけるようになるのか。そういったことを考えて、共働学舎の構想を書き上げました。
僕は父とソリが会わず、昔からずっと喧嘩をしていました。でもいっぽうで父の言うこと、やることは正しいとも思っていました。
父の構想に「心閉ざした子どもたちも、動物と接することで心開くかもしれない」という一文がありました。自労自活も最初から掲げられていたものです。
僕は酪農家さんによく手伝いに行っていましたので、自分の中では動物イコール牛。酪農で自活するイメージが浮かびました。これは「ちゃんと勉強しないとダメだ」と感じ、アメリカのウィスコンシン大学で先進的な酪農を学びました。しかし、帰国したらアメリカの真似はしないと決めました。僕は共働学舎の人たちといっしょに仕事をしよう。彼らに合うように機械化とは全く逆、手仕事を増やして、じっくり時間をかける酪農を目指すことにしました。
彼らが示してくれたもの
帰ってくると、理念に賛同した新得町が、30町の土地をただで貸してもいいという話が舞い込みました。すばらしい土地でした、写真で見たかぎりでは。あとで傾斜が急だとわかって、びっくりしました。でも後々それがすごいチャンスをくれました。
ヨーロッパで開催されている山のチーズ・オリンピック。傾斜が20度以上の土地で製造されたチーズが競い合うコンテストです。その出場条件にピタリとあっていたんですね。幸い、そこで金メダルをいただきました。
すると、みんなの雰囲気ががらっと変わりました。チーズの味は8割方が原乳で決まります。以前は、最後のチーズをつくる人が偉い、というムードがありましたが、餌やり、牛小屋の掃除、搾乳などすべての仕事が重要だとわかり優劣が消えました。重要な役割を担っていると誰もが実感しています。自然と笑顔が増えました。
食べものはじっくり時間をかけて丁寧にしたほうがいいものになります。潔癖症だとか完璧主義はむしろプラスです。
不利なところもひっくり返すことができれば、非常にすばらしい結果が出せる。いまは確信を持ってそう言えます。彼らが示してくれたのは、つぎの世の中の可能性だと思っています。