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ゴールデンウィークに田植えを終えている周りの田圃では、成長した苗が初夏の風に緑の波を打ち始めていた6月4日、滋賀県栗東市にある NPO 法人縁活の 作業所おもや は、今年初めての田植えをおこないました。ヤマト福祉財団では、水稲自然栽培チャレンジを今年4月からスタート。作業所 おもや をはじめ5つの施設が参加しています。
利用者により多くの給料を支払える経済的な自立力を備えた施設となるために、どのような事業に取り組むべきか。ヤマト福祉財団では、課題解決の一案として農業に注目し、水稲自然栽培チャレンジを実施しています。これは、休耕田、耕作放棄地で水稲自然栽培をおこなうことで、売上、就労人数、就労時間を改善でき、利用者に高い給料を払うことができるのかを検証するプロジェクトです。
自然栽培で実績を上げている第15回ヤマト福祉財団小倉昌男賞受賞者の株式会社パーソナルアシスタント青空 代表取締役 佐伯康人さんが、プロジェクトリーダーとなり参加施設をサポート。ヤマト福祉財団は、2年間で 600万円の予算を用意し、参加施設に耕運機、田植え機、コンバインなどの購入、レンタル費用をはじめ、プロジェクトリーダーが参加施設に出向き、直接指導をおこなう派遣費用を支援しています。
6月頭に田植えを終え、除草の時期にはいった作業所 おもや の田圃。周りの田圃と比べると、苗と苗の間隔が広く、田圃全体に苗が少なく見えます。
「自然栽培では、苗と苗の間隔を20cm以上と広く取り、植える苗も5、6本の束ではなく1本ずつですから、いまは寂しく見えるかもしれませんね。これは苗同士が栄養を奪い合わないように配慮しているからで、その分、大きく育つのです」と話すのは、作業所 おもや の杉田健一施設長。しかし、苗の本数が少ないと収穫量も少なくなってしまう気がします。
「大丈夫ですよ。やがて1本の苗が大きな株となり、そこから複数の立派な稲が枝分かれして成長するので、収穫量は変わらず、おいしいお米がたくさん採れます」。これを 分けつ と呼ぶと杉田さん。さすが農業のプロだと感心していると「私たちは、まだ自然栽培の水稲栽培は2年目ですし、昨年は種もみ準備の段階で失敗してしまいました」と苦笑い。「まず育苗土をつくり、そこに温湯消毒した種をまくのですが、この温度は大体60度でよいと学びました。それをアバウトにやり過ぎたようで、1週間経っても発芽しなかったのです」。
慌てて自然栽培をおこなう農家から苗をいくらか分けてもらい田植えをおこないましたが、いくら分けつして増えるといっても売上を伸ばすほど収穫できませんでした。「そこで今年は、佐伯さんに、いちからきちんと水稲自然栽培のノウハウを学び、実践しています」
杉田さんが佐伯さんと出会ったのは3年前。「知り合いから自然栽培のエキスパートに出会える機会があると聞き、職員が参加しました。すると、『うちとはまったく違ったやりかたをしている凄い人がいる』と興奮して戻ってきたのです。それなら、ぜひ田畑を見せてもらおうと、佐伯さんに連絡を取り、交流がはじまりました」。
杉田さんが最も驚いたのは、佐伯さんは堆肥を一切使用しないことです。杉田さんは、よりよい堆肥を、いかにつくるかが大切だと学んできました。「佐伯さんが教えてくれたのは、いかに雑草を生やさないようにするか、水をやり過ぎずかつ乾燥させないようにして育てていくか、という方法でした。早速、取り入れてみると着実に成果が上がってきたのです」。
杉田さんが、佐伯さんから学んだひとつにチェーン除草があります。その方法やコツ、また装置の作りかたまで教えてもらいました。ホームセンターで材料を購入し、自分たちで装置をつくりました。チェーン除草では、トラクターに何本ものチェーンを装着し、苗と雑草を一緒に倒していきます。
「育苗日数を長くした丈夫な大苗は、倒れても自然に起き上がります。雑草は、倒した勢いで抜けるか水没してしまい、チェーンで水が撹拌され、濁るため、光合成ができなくなり成長が止まります。除草作業で利用者さんは、浮き上がった雑草を拾い上げたり、セリなどの根の強い雑草を手で抜く作業を担当します。いまトラクターの運転は職員が担当していますが、免許を取得しようと勉強中のかたもいます」。
現在、18名の利用者が、土とふれあいながら、野菜やお米づくりにそれぞれ携わっています。
「みんな農業が大好きになっていますね。うちから卒業した何人かは、農業関係に就労していきました」。
杉田さんは、この作業所が福祉分野から農業分野へのかけ橋になれたらと考えています。
「私が農業を作業所の仕事にしようと考えたのは、仲間とともに自然と向き合い、汗を流し作物を育てていく農業の喜びを利用者さんに伝えたかったからです。いま滋賀県では農業の若い働き手、担い手が不足しています。将来、自分の田畑を持ちたいと考えるかたには、自然栽培のプロとして成功できる実力を身につけさせてあげること。また、ここで農業を続けたいというかたには、自立して生活できるだけの高い給料を支払うことが、私たちの仕事だと思います」。
現在、作業所 おもや では、施設の近くにある畑でタマネギやジャガイモ、ナス、ピーマンなど30種類ほどの野菜を自然栽培で育てています。中でもイチジクは人気があり、作業所 おもや の看板商品となっています。
「田圃1枚が1反、計3反の田圃は、作業所から離れた山の中にありますので、人や道具を運搬する車を助成で購入しようと考えています。移動が楽になれば、もっと田圃が増えても対応が楽になります。農業は、土、草、水、そして人と上手につきあっていくことが大切だと経験から学びました。失敗も多いですが、それを今後どう活かすかが大事だと思います。すべての野菜を自然栽培に切り替えた時も、大きく育てることができず出荷できない状態になってしまいました。それでも、なんとかしなければとみんなで営業に走り回り、新しい取引先も獲得し、前年以上の売上にできました。覚悟が違うと結果も変わってくる、それがよくわかりました」。
杉田さんたちは、自然栽培の おもや の名前を多くの関係者に認知してもらいたいと、これまでは生産だけではなく販売にも力を入れてきました。
「今後、販売は専門家に任せ、私たちはつくり手のプロとして腕を磨いていくことに決めました。たくさんある自然栽培のノウハウひとつひとつを学び、自分たちの環境や田圃の規模、労働力などを踏まえ、より最適な方法を取り入れるようにしていきます」。
水稲自然栽培で必ず成果を上げてみせると笑顔で話す杉田さん。秋の収穫がいまから楽しみです。
日当り、風通しがよくなるように苗と苗の間隔は20 cm以上空けて疎植えし、強い健康的な稲へ育てる
NPO 法人縁活 作業所 おもや
施設長 杉田健一さん
昨年は温度管理で発芽に失敗。「今年は慎重に温湯消毒し、丁寧に水やりもおこないました。苗の芽が出た時はみんなで大喜びしました」と杉田さん
おもや の看板商品は、熟れて甘い匂いのするイチジク
収穫、出荷作業は朝7時から。「このトマトは僕が収穫したので美味しいはず」と利用者さん
地元のこだわりの野菜をおいしい料理で提供する、今年3月に開店したばかりのオモヤ・キッチン
作業所の2階に集合して朝礼。仕事の割り振りをここでおこなう
チェーン除草機を装着したトラクターが通ったあとに苗は起き上がり、水が濁っている。
チェーン除草で浮き上がった雑草を熊手で拾いあつめる
お伺いした日はちょうど給料日。汗して稼いだ給料を受け取る利用者さんはみんな笑顔
疎植えした田圃はまだ緑も乏しいが、秋には立派な稲穂が実る姿が楽しみ
ワラなどを散し、土壌を豊かにします。春になり、土が十分に乾燥している時に10cmくらいの塊に耕起。田植えの1ヵ月前が目安。乾土効果で土の力を引き出し、また雑草を生えにくくします。
農薬を使わずに育苗土をつくります。温湯消毒を終えた種をまき、30から45日かけ大苗に育てます。
作業所 おもや では、収穫したもみ殻を炭にし育苗土、燻炭をつくる
60度を保ったお湯で丁寧に消毒を終えた種をまく
田植えの約3日前に水を張り、十分に土に水をしみ込ませ代かきをします。
田植えの時期はできるだけ遅く6月にはいってから。大苗を1本から3本くらいの疎植えにします。
丈夫な大苗に育つまで待ち、やっと田植えできる状態に
1本ずつ20cm 間隔で疎植えし、稲を大きく育てていく
田植えの準備とともに水管理を開始。稲の成育を見ながら水を管理し、澱ませないようにします。
田植えのあと、約1ヵ月間は5から7日に1回を目安に除草作業をおこないます。
除草剤は使わずチェーン除草という装置と手作業でおこなう
雑草が浮き上がり、田んぼが濁り光合成をできなくする
出穂 約30日前ぐらいから土を空気にふれさせるために、2、3回、田の表面が深く割れないくらいに乾かします。
穂軸の3分の1くらいが黄変した頃を見計らって刈り取ります。乾燥温度は35度、水分は14から15パーセントが目安です。
佐伯さんは「全国の障害者施設に自然栽培の輪を広げていこう」と Facebook でサイト、自然栽培パーティを立ち上げています。ここでは、福祉施設以外にもさまざまな分野のかたがあつまり、活発に情報交換を行っています。