12月に向けて猛勉強中
医学部のキャンパスを車いすで移動する髙井さんは、実直な語り口が印象的な、今風のイケメンです。1日も早く一人前のドクターになることを、何よりの目標に励んでいます。
「12月に CBT と OSCE (オ スキー)という2つの大きな試験があります。これをパスしないと進級できないので、目前の大きな関門ですね」。
医学部の5年生になると、いよいよ患者さんとも接する病院実習のカリキュラムが始まります。2つの試験は、実習生が臨床の現場に参加して大丈夫かどうかを判定する大事なテスト。車の運転免許にたとえると仮免試験のようなものです。
趣味にしていたマンドリンや車いすバスケも、今はお預けにして、もっぱら勉強漬けの毎日です。
一夜の不意打ち
高校2年の冬、高井さんは交通事故に遭いました。家族と初詣に出た帰り道での出来事です。
後部座席でまどろんでいた高井さんは衝撃で目を覚ましました。車が雪道でスリップ、運悪く対向車が側面、高井さんの座っていた辺りを直撃したのです。
すぐに救急車で運ばれ、ICU で1週間ほど、身体中をチューブでつながれ、ベッドに磔の状態で過ごしました。
それでも「正直、しばらくは歩けるって信じていて、また陸上ができるだろうと思っていました」。もう歩くことができないかもしれないと母親から聞かされたのは、入院して1ヵ月経ったころのこと。
中学から陸上に打ち込み、県内の駅伝強豪校から高校推薦の引きあいが来たこともあります。「ショックでした。一生、障害と付き合っていかなければならない、ということを受け入れるのには時間がかかりました」。
与える、与えられる
着替えや入浴、身体の向きを変えること、排泄までも、ほとんどのことを看護師の手助けなしにはできない状態に突然陥り、「誰かにしてもらうことばかり。人に負担をかけるだけの存在なのではないか」との思いにも囚われたと言います。
誰にも相談できない葛藤のうちに、しかし高井さんは生きる活力の源になるような何かを次第に模索するように。
長い入院生活で、人を助ける存在イコール医師、に魅力を見出すのは、ごく自然のことでした。「歩けずとも、頭は使える。陸上への気持ちを勉強に向けて、人の役に立てるのであれば」。
高校復学までに半年を要しましたが、そこから一転、医学部を目指す日々が始まりました。初志貫徹までに3年の浪人生活を経験することになりましたが、気持ちは揺るぎませんでした。
「予備校の学費など、親には迷惑をかけてしまいました。母はサポートのために仕事を辞めざるをえませんでしたし」。家族の応援は彼の支えです。
いまは循環器に興味があるという高井さん。「心臓からの血液の流れなどを視覚的に捉えるところが、僕には面白いんです」。
車いすに乗った循環器科、高井ドクター誕生の姿が浮かびました。
クラスメイトの広沢さん(写真左)と勉強の進み具合を確認
1日最低3時間は予習、復習にあてています
一人暮らしの家事は全部自分でおこなうという高井さん、大学の生協で買い物も