車椅子というだけで就職先がない。そんな私たちに、会長がチャンスを。
本誌:先ほど、ヤマト運輸 道北 主管の佐藤 主管 支店長、ヤマト運輸労働組合 道北支部の吉田 支部 執行委員長に出席いただき、チーム紅蓮さんへ、ジャンプアップ助成金の贈呈式をおこないました。ヤマトグループの賛助会費や、労働組合の夏のカンパが、どのように役に立っているのでしょうか。五十嵐施設長に、その活用などを伺いたいと思います。まずは、チーム紅蓮の誕生の経緯からお聞かせください。
五十嵐:私は、生まれつき、骨の病気で、ずっと車椅子を利用しています。高校の同級生にも、車椅子に乗るふたりの仲間がいるのですが、私たちには、卒業後、就職先がありませんでした。
本誌:働きたくても、働き口がなかったのですね。
五十嵐:はい。企業の面接を受けても、うちには階段があるし、車椅子用のトイレもないから、と断られてしまいました。それで、毎日、プラプラとしていたのですが、そんな私たちに、当時、建築、デザイン設計会社の社長だった、只石会長が声をかけてくれたのです。
只石会長は、旭川市のみならず、全国各地で、数々の実績を持つ、バリアフリー専門家です。それまで培ってきた建設ノウハウも生かしながら、旭川市を、車椅子のかたにも快適に暮らせる街にしていきたい、と、NPO カムイ大雪バリアフリー研究所を立ち上げていました。
只石:2006年のトリノ パラリンピックのときだから、12年前のこと。それ以前から、彼らは、研究所が推進していた、障害者のスポーツ振興のイベントなどに顔を出してくれていました。いつも来てくれているが、仕事はどうしているのだろう、と疑問に思い、声をかけてみたら、そんな状況だと言う。だったら、手伝ってみないか、と話をしたのです。
五十嵐:現在、チーム紅蓮の施設となっている この建物は、当時は介護用品のレンタルショップでした。「ここを使ってなにができるか、10年、チャンスをあげるから、自分たちで考えてみなさい」と、会長が言ってくれました。
只石:ここは、バリアフリー設備が整っているからね。その頃、経産省が募集する、異業種交流で観光を推進する話がありました。私は、バリアフリー観光を提案しましたが、当時、世の中は、「バリアフリーって、ユニバーサルデザインってなに」という感じだった。それなら、車椅子に乗っている彼らが一緒になって進めれば、自然と、周りの理解が深まると考えたのです。
本誌:チーム紅蓮が誕生した瞬間ですね。
五十嵐:まだです。最初は、チームの前身となったバリアフリーツアーセンターを作り、車椅子紅蓮隊という名前で、観光ツアーの調査に、車椅子で町中を動き回りました。
本誌:どんなことをおこなわれたのですか。
五十嵐:車椅子を利用する者の視点で、いろいろな場所を体験取材、調査していきました。たとえば、飲食店に車椅子ではいると、お店や、お客はどんな反応をするのか。バリアフリーがどこまで整っているのか。移動などで困るのはどんな場合か、などを調べ、ネットなどで発信していきます。
本誌:その取り組みのひとつとして形になったのが、本日、体験させていただいた、旭山動物園のバリアフリー観光ツアーですね。
五十嵐:はい、私たちが車椅子で園内を周り、どのルートだとスムーズに観光できるか、段差やスロープ、トイレの位置なども記載したマップを作成し、ブログでも配信しました。
マップをクリックすると、ストリートビューでその場所を写真で確認が可能。また、全道の、宿泊施設の、バリアフリー情報もチェックできるなど、障害のあるかたの視点で、便利に活用できるホームページになっています。
視点の変化や周りの対応。体験して初めてわかったこと。
本誌:佐藤主管支店長、吉田支部執行委員長は、実際に車椅子に乗られて、いかがでしたか。
佐藤:車椅子に乗ってわかったのは、まず、目線が大きく違うということですね。私はわりと背が高いものですから、人波を上から見ていることが多かったのですが、車椅子からだと、子どもの目線と同じぐらいになります。電動は乗り心地が良かったのですが、手動にすると、すぐに腕が張ってくる。これを日常的にやっていくには、体力も必要なのだとわかりました。また、こちらは物に乗っているという時点で、人込みに はいりづらく、遠慮もしてしまう。周りのかたは、意外と注意を払ってくれないのだと感じました。
吉田:確かに想像していたより車椅子に対して、気を遣ってくれていないと思いました。バックしたり方向転換する時に、こっちはぶつかったら悪いと考えているのですが、周りは気にしない。大人よりも子どものほうが、車椅子の人が来ているから避けなくちゃ、と言ってくれる。うちの社員も、是非こういう経験をさせてもらい、車椅子の人の行動を自ら感じて、理解することが必要ですね。
自分たちの得意な仕事を増やし、車椅子でも当たり前の生活を。
只石:彼らのこうした活動は、メディアにも取り上げられ、旭川でも、車椅子紅蓮隊の名前は有名になっていきました。
五十嵐:名前が広がり、車椅子を利用するかたや、知的や、精神などの障害のあるかたとの交流も広がりました。そこでわかったのは、働く場がなく、つらい思いをしている仲間が想像以上に多いこと。障害があっても、当たり前のように生活をしたいし、給料もたくさんほしい。だったら、自分たちで、もっと仕事を創り出していこうと、6年前に、先ほどお話しした高校の同級生たちと、障害者福祉サービス 自立就労支援事業部、チーム紅蓮を立ち上げたのです。
本誌:佐藤 主管 支店長と吉田 支部 執行委員長は、旭川にお住まいだと思いますが、車椅子紅蓮隊や、チーム紅蓮のことはご存じでしたか。
佐藤:正直、知りませんでした。
吉田:知人の子どもがパラリンピック選手で、只石会長がおこなわれているスポーツ関連の活動は耳にしていましたが、どういうことをやっているのかまでは知りませんでした。
お客様に喜んでいただけること。それが私たちの仕事のやりがい。
本誌:チーム紅蓮の仕事には、どのようなものがあるのですか。
五十嵐:先ほどお話しした、バリアフリー観光の調査や、そのデータ入力、ホームページ制作などのICT業務、他にも、障害者スポーツ関連など、車椅子を利用しているからこそできる仕事があります。でも、それだけでは、利用者さん、みんなの仕事を満たすことはできませんし、売り上げも伸びません。そこで NPO の事業に関連して発生する、イベント用のグッズなどの、もの作り事業も開始したのです。
本誌:チーム紅蓮のTシャツや、ピンバッジなど、もの作りの現場も見学させていただきました。佐藤 主管 支店長、吉田 支部 執行委員長の感想をお聞かせください。
佐藤:私は、Tシャツを作る工程を初めて見学しました。今の時代は、簡単にプリンターとかでやっているのかと思っていましたが、丁寧に作られていて、その工程もとても多い。糊を付け、プレスして乾燥させる、この作業を何度も繰り返してから色をのせることができ、さらに洗濯、乾燥をおこなって、やっと完成します。ここまで時間をかけて、1枚のTシャツを作り上げていくのか、と驚きました。
チーム紅蓮では、初めてTシャツを作ったとき、プリントしても洗濯すると、すべて消えてしまう、そんな苦い失敗も経験。その後、研究を重ね、今の工程を完成させました。しかし、このやりかたでは、1日30から40枚しか完成できませんし、対応できるTシャツの素材も限られています。
五十嵐:インターネットなどで買える、大企業が製造する安いものは、うちとは違うやりかたです。ベルトコンベアみたいな機械にデータを送ったら、あとは横に流れてプリント、糊付け、プレスと大量生産していきます。ここには、そんなスペースもないし、お金もないので、1枚ずつ丁寧に作らせてもらっています。
吉田:五十嵐さんは見学した際、「小ロットにもしっかり対応していく」と説明をされていました。「これだけの枚数しか作らないけれど、それでもお願いできますか」というお客様は、多くいらっしゃると思います。
五十嵐:小ロット対応は、ひとりでも多くのお客様の需要にきちんと応えて、喜んでもらいたいからです。これこそが、私たちの仕事のやりがいです。
新しい機械を助成で購入し、もっと、お客様の要望に応えたい。
本誌:助成を申請された いきさつをお教えください。
五十嵐:Tシャツのプリントを始めてからは、「こういうものが作れますよ」と、自分たちの商品を持ち、街に出かけ、PR もしています。それが口コミで広がり、いろいろな企業や、団体から、「こんなことはできる? あんなこともできる?」と声をかけていただけるようになりました。しかし、実際には、すべての注文に応えることはできていません。今の設備では、綿のTシャツにしかフルカラーのプリントをできないため、たとえば、ジャンパーにフルカラーでプリントしてほしいと注文があっても、お断りするしかないのです。でも、そういった要望にもお応えして、少しでも収入を増やし、給料をアップしていきたい。仕事を拡大できれば、「私たちも働きたい」と願う、障害のあるかたたちも雇用できるようになります。そこで、新しい機械を購入、整備するための資金の申請をしました。
吉田:新しい機械を入れることで、小ロット、多品種に応えられるようになるわけですね。
五十嵐:はい。今は綿素材にしか対応できていませんが、今後は、さまざまな素材にカラープリントができるようになります。今までは、注文をいただいても、「それは作れませんが、こっちのプリントならできますが」と、ご要望とは違うものを薦めるしかありませんでした。でも、新しい機械がはいれば、逆に、「こんなこともできますよ」と、自信をもって、いろいろと、ご提案もしていけます。
佐藤:売り上げの目標はありますか。
五十嵐:別の新しい機械も導入することで、屋外対応の横断幕や、プレートも制作できるようになります。現在、Tシャツのプリントだけで400万円強の売り上げですが、今までお断りしていた仕事を受注でき、さらに、新しい仕事も獲得できるようになれば、売り上げは約3倍強にまで伸ばせる、と考えています。
只石:今まで、営業は、この地域のエリア外へは、あまり出ていません。でも、今後、体制が整えば、カムイ大雪バリアフリー研究所が築いてきた、全国各地とのネットワークを活かし、広く、道外にも活動していけるかもしれません。徐々に、体制を作り、いろいろなオーダーを受けることができるように、彼らを応援していきたいと考えています。
吉田:これからが楽しみですね。労働組合としては、会社のイベントなどで必要となるTシャツも出てくるでしょうから、そのときは是非、お願いしたいと思います。せっかく、こういう繋がりができたわけですから、一緒にいろいろと、やっていけたら素晴らしいですね。
佐藤:私は旭川に来てからまだ日が浅いのですが、商売をさせていただいている以上、地域の雇用、経済の成長に貢献することが不可欠だと思っています。企業が大きくなるほど、社会的責任も大きくなります。道北 主管支店でも14名の障害のあるかたに働いていただいていますが、今回、仕事ぶりを拝見させていただいて、障害のあるかたに、もっと仕事を広げていくことができると実感しました。いま、北海道の労働人口の減少、特に、道北以北は過疎化が懸念されています。日本の縮図といわれる北海道の中で、この旭川を拠点として、一緒に、障害のあるかたの雇用を促進できたら素晴らしいと思います。チーム紅蓮の商売が繁盛できるようなお手伝いもできれば、と考えています。
吉田:お金だけではないとわかっていますが、今回、現場を拝見し、お話を聞くことで、資金の必要性を改めて感じました。私たちは、毎年恒例で、夏のカンパを30年くらい続けています。全国ヤマトグループの社員約18万人に声をかけ、昨年は約7700万円を集め、ヤマト福祉財団に5700万円を贈りました。また、ヤマトグループでは、フルタイマーの社員、正社員に賛助会員になってもらい、年間でひとり1000円をヤマト福祉財団に届けています。まだ全組合員が賛助会員になっていないので、もっと人数を増やし、少しでも、地域で働いている障害のあるかたを援助したいと考えています。
五十嵐:助成いただいた資金を活かし、利用者さんの給料と仕事の拡大に努めたいと思います。そして、スポーツや、町作りや、もの作りをとおして、地域のかたたちと一緒になって、仕事をしていけるように頑張りたいと思います。
佐藤、吉田:期待しています。