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医療的ケアジシャと、家族を、社会につなぐネットワーク。略称、ブリッジネットワーク。

te と te の会が、エヌピーオー法人としてスタート。医療的ケアジシャと、お母さんの、普通に暮らしたい、を叶えるために。

子どもたちが生きていく居場所づくりを。

ブリッジネットワークの設立から約1年、嬉しいニュースが飛び込んできました。

参加サークルのひとつ、宮崎県日向市の、te と te の会が、8月、エヌピーオー法人に認可され、医療的ケアジシャのためのレスパイト、生活介護の事業に向けてスタートしました。メンバーのお母さん達が、自ら、初任者研修の資格を取得、その後、喀痰吸引の資格をとり、重症心身障害児、医療的ケアジシャを介護するお母さんたちの働く場にもなります。

te と te の会のはじまりは12年前。医療的ケアジシャのお母さんたちが集まり、子どもたちの居場所づくり、普通に暮らす生きる場所づくりを目的に、行政への働きかけや、互いの子どもたちの介護などをしながら、活動を続けてきました。

医療的ケアジシャは、人工呼吸器や、胃ろうを使用し、たんの吸引や、ケイカン栄養など、365日、24時間の介護が必要です。お母さんたちは、2時間すら、まとまって寝ることができない状況があります。特に、日向市では施設が少なく、医療的ケア児は、週2回程、生活介護に移行した子供たちは、週1回のデイサービス利用のため、お母さんたちは、週1回,しかホッとし、身体を休める時間を持てません。

te と te の会の、甲斐麻央さんは、「私達が、自らアクションを起こさなければ、周りも行政も動かない。エヌピーオーを立ち上げた目的は、親亡き後も、子どもたちが生きていく居場所づくりです。居場所ができてからこそ、その先に母親の社会復帰が考えられます」と、話します。

障害の重い医療的ケアジシャを抱えたお母さんたちは、お仕事をするのも、ましてや仕事を選択するのも難しい状況で、貧困と隣合わせで、社会生活が難しいご家庭もあります。

「お母さんたちはパンを焼きたい、アロマのサロンやカフェをやりたい、洋服に関わりたいという人もいます。自分たちがやりたい夢を実現するための一歩がこの事業。まずは、子どもたちが生きていける場所ができないかぎり、その夢は、一生、叶わないかも知れません」と、甲斐さん。

お母さんたちの、働きたい、という夢を。

ブリッジネットワークの楠元理事長は、「まずは te と te の会のお母さん達の、働きたい、社会と繋がりたい、という夢を実現できるのではないかと思います。この子達がいたから出会いがあり、こういう事業ができて、沢山の人が働ける場所も作っていける。あきらめずに動いて行けば、制度もあとからついてきます。どんなことがあっても応援して行きたいと思っています。お母さんたちの、普通に暮らしたい、という思いが一番。それを目指していきましょう」。

ブリッジネットワークでは、甲斐さん達の活動をモデルとして、全国にこの取り組みを広げていきます。

ヤマト福祉財団は、第13回、ヤマト福祉財団、オグラマサオ賞受賞者である、楠元洋子氏が立ち上げた、医療的ケアジシャと家族を社会につなぐネットワークの活動を支援しています。

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