工場につづき、蕎麦店もオープン.
力強く、リズミカルに。手のひらを巧みにつかい、そば玉をこね上げます。額に汗も滲む、大変な作業ですが、機械練りとでは、味わいに雲泥の差が出ます。
1日、250食以上を、4名の利用者さんが手ずから練るというそば工場を訪れたのは、11月初旬の北海道。日高山脈のふもと、豊かな自然と、伏流水に恵まれた清水町で、旭山農志塾は、そばの製造、販売を、あらたな事業の柱に育てようと奮闘しています。
2021年に、旭山農志塾は、そば工場を本格稼働させるとともに、その翌年、6月には、十割そばの店、農志塾を開業しました。
そば工場に欠かせない、大型玄そば脱皮機、電動石臼製粉機4台、振動2段ふるい機、麺たい延ばし機の整備費の一部に、当財団の助成金が充てられています。
工場で生産するのは、道産にこだわった十割そば。加える水の量は、「これは企業秘密です」と、責任者で施設長の、今滝貴行さん。
電動石臼でゆっくりと挽いた挽き立てのそばこをすぐに加工し、冷凍しているので、しっかり風味が感じられます。蕎麦店、農志塾で提供するほか、オンラインストアを中心に販売しています。
旭山農志塾は、1970年代から活動をつづける、清水旭山学園の通所部を母体に、2019年に発足しました。現在は生活介護と、就労継続支援ビー型を、各20名の方が利用しています。
清水旭山学園内に事業所を構える旭山農志塾ですが、清水旭山学園本部の土地は、「借地込みの総面積で約15.9ヘクタール。じつに、東京ドームがすっぽり3個」入って余る、と今滝さん。北海道ならではのスケール感です。
事業環境に、思わぬ向かい風.
敷地内には、清水旭山学園の入所施設のほか、さまざまな事業施設が点在しており、旭山農志塾は、そこで一般廃棄物処理場や、養鶏場、はたけを使った事業などをおこなっていました。
「食品残渣、いわゆる食品ロスを、地域の学校や、各企業から集めて、中間処理機にかけて、鶏の餌にしていたんです」。
鶏が産んだ卵はスーパーに卸し、鶏糞は畑の肥料になりました。その取り組みは、循環型リサイクル事業として表彰もされました。ですが、事業は曲がり角にある、と今滝さん。
「近ごろは、どちらも無駄をなくして、食品ロスを減らすよう努めていますし、コロナ禍で廃業した取引先などもあって、食品残渣が少なくなり、収入も減ってきました」。
そこで期待を寄せるのが、そば事業というわけです。昼夜の寒暖差が大きい北海道は、そばの名産地が各地にあります。これまで、旭山農志塾も、少量のそばを栽培、収穫。製粉を外部に委託する格好で、試験的な販売をしてきましたが、そば工場が完成する以前は、「量産もできなかったですし、アレルギーの関係で、そばを扱ったあとは、加工場も、壁から全部、消毒しないといけませんでした」と、説明してくれました。
いつかは、十勝清水産で.
十割そばの店、農志塾は、道内の大動脈、国道38号と274号が交わる辺りに出店しました。お客様は地元のみならず、札幌、旭川、苫小牧と幅広く、新そばの時期や、ゴールデンウィークで150人ほど。もっとも多い日で、約200人の来店を記録しました。
「うちの法人は飲食事業の経験がなく、最初は不安だらけでした」と、今滝さん。
天ぷらの揚げ方ひとつ取っても、ホテルの料理長や、料理店さんの指導を仰いだそう。「さまざまなかたの尽力あって、運営できています」と、感謝しています。
多くの支援と職員、利用者の頑張りがあって、電動石臼製粉機の導入後は、製粉の外注費を節約できたうえに、品質も安定し、6食セットのネット販売も3.5倍になりました。今年度決算はまだこれからですが、旭山農志塾の事業収入、約7,000万円のうち、そば事業で1,800万円超を見込み、事業として一番大きかった、一般廃棄物収集を抜く気配です。とはいえ、燃油費高騰のあおりも厳しく、利用者の給料は現状維持が精一杯で、アップするには、なお一層の仕掛けが必要なのも事実です。この先の目標について伺いました。
「いまは道産玄そば使用を謳っているのですが、いつかは十勝清水産100パーセントにしたいです」と、今滝さん。
圃場、5ヘクタールに作付して、秋に収穫した玄そばは、約3.4トン。しかし、それでは足りず、同じ品種、レラノカオリの玄そばを、よそから5トンほど、仕入れています。
十割そばの店、農志塾で提供している食材は、海のものであるエビ以外、カボチャや、トウモロコシなど、ほぼすべてを有機ジェイエーエス認証済みの自家圃場で収穫したものばかり。いずれは、玄そばも、全量を自前で賄うのが、今滝さんたちの夢です。
「障害者の方々が働いていることがアピールになる時代ではありません。だから、本当に蕎麦屋として勝負して、おいしいから食べに来たって言われたい」。個性を打ち出して、さらに愛されるお店へ。十割そばに真摯に打ち込む姿が、そこにはありました。