理事長インタビュー。小倉昌男、初代理事長の思いを繋いで。
聞き手:ヤマト福祉財団は、昨年9月10日に、設立30周年の節目を迎えました。これまでの歩みを振り返られて、山内理事長は、どのような感慨をお持ちですか?
山内:ヤマト福祉財団は1993年に、小倉、初代理事長が寄付された個人資産、ヤマト運輸の株式を基本財産として設立されました。
小倉昌男さんが目指したものは、障害のある人も、ない人も、みんなが一緒に幸せに暮らせる社会です。宅急便という社会インフラを生み出すことで、生活者の豊かな幸せを実現させ、つぎに、福祉財団を通して、障害者の幸せを実現しよう、とやってこられました。
その思いはとても強いもので、私たちもその思いを受け継ぎ、財団もさまざまな模索をつづけてきた30年だったと思います。
聞き手:小倉、初代理事長の強い思いというものを、山内理事長は、どういったところから感じとられましたか?
山内:自分がそれをはっきりと感じたのは、ヤマトグループの企業姿勢にです。社員のみなさんは社訓や、経営理念を毎朝、唱和されていると思いますが、その中に、企業姿勢というものがあります。ヤマトグループが社会に約束し、つねに実行していく、基本となる考えをまとめたものです。
じつは、この企業姿勢の策定に当時、私も関わっていて、その中で、小倉昌男さんといろいろな話をしました。ですから、そこには、小倉さんの理想や、理念が込められています。
12項目ある企業姿勢の6番目では、地域社会から信頼される企業を謳い、ヤマトグループは、地域社会から信頼される事業活動をおこなうとともに、豊かな地域づくりに貢献します。特に、障害のあるかたを含む、社会的弱者の自立支援を積極的におこないます、と明記しています。
この後段部分、障害のあるかたの自立支援については、とくに小倉昌男さんが加えたい、と希望された言葉なんです。私たち、事務局が持っていった草稿にはありませんでした。「これを入れたいんだよね」とおっしゃり、「障害のあるかたの自立を願い、応援します」と、ご自身で書いていただいたんです。
目の前でその様子を拝見し、企業姿勢の6番目に、小倉昌男さんの強い思いを感じ取りました。
障害者の真の自立に向けて。
聞き手:社会的弱者の自立支援というミッションを、企業姿勢に埋め込んだわけですが、とくに障害者の自立を、福祉財団ではどのように考えてきたのでしょうか?
山内:福祉財団の設立趣意書には、障害のあるかたの社会的、経済的自立が困難な状況を憂い、そうした方々が自立してゆけるための、社会基盤の整備を進める必要がある、と記されています。
小倉さんは、自立をとても大切なことだと言っています。自立がなぜ大切なのか?
人は自立することで、はじめて本当の幸せを感じられるのではないでしょうか。自立とは、自分の意志を持って生活をしていく、ということです。そのためには、収入という部分と、働きがい、生きがいの部分が欠かせません。
自分が誰かの役に立っているんだ、という実感、自分はこれができた、という達成感がともなって、感じることのできる充実感です。働くことが、なぜ生きがいになるのか。それは、人の役に立てるうれしさです。それが幸せにつながると思うんですよね。
小倉昌男さんは、阪神淡路大震災の時に被災した共同作業所を訪問したことがきっかけで、作業所の実態を知りました。
多くの作業所が、下請け作業に従事していること。障害のある利用者の平均賃金が、月給1万円ほどだということ。
それではとても自分らしい生活などできません。自立とは程遠いものです。その実情に衝撃を受け、小倉さんは憤りを感じたのだと思います。障害のあるかただから仕方がない、で済む話ではない、と。
そこで、まず作業所の収入を上げること、そのためには作業所が経営の視点を持つことが大切だ、と訴えたのです。小倉さんは、福祉は素人でも、経営に関してならアドバイスができる。そうした活動を通じて、社会的弱者の自立を実現していこうと考えられたわけです。これは、ヤマトだからこそできることだと思います。
聞き手:具体的に福祉財団はどのような取り組みをしてきましたか。
山内:助成金や奨学金、セミナーなどを中心におこなってきました。
小倉昌男さんは1996年から、小規模作業所パワーアップセミナーを始めました。今は、障害者の働く場、パワーアップフォーラムと形式を変えましたが、福祉施設の職員のかたに向けた、経営のノウハウを学ぶ研修です。
また、成功事例を具体的に学ぶ場として、ヤマト福祉財団、小倉昌男賞、受賞者を塾長に迎えた、実践塾を2010年より開催しています。
利用者の給料アップに熱心な福祉施設を対象にした、助成金による支援は、福祉財団設立当初から取り組んでいます。
聞き手:株式会社スワンと、社会福祉法人ヤマト自立センターの設立には、どういった狙いがあったのですか?
山内:株式会社スワンが運営する、スワンベーカリーは、小倉昌男さんが、ノーマライゼーションの理念を具現化させるために立ち上げた、ベーカリー事業です。障害のある人もない人も、ともに働く、おいしい焼きたてパンの店として、1号店は、1998年、銀座にオープンしました。いわば、小倉さんが理想とする姿のモデルです。
商品にパンを選んだのは、毎日、消費されるうえに、当時は、焼き立てを提供するのは珍しく、地域のかたに、おいしいと喜ばれ、受け入れてくださりやすい素地があったからです。工程がたくさんあり、利用者に合った業務があるのも魅力でした。
スワンベーカリーは知っていても、ヤマト自立センター、スワン工舎については、よく知らないというかたも多いと思います。
こちらは2年間という訓練期間を設けて、障害のあるかたが、就労に必要な知識や、技術を習得する場です。ひとりひとりにあった就労先を開拓したり、一般企業へ就職したあとも、一定期間、専門の職員が定着支援のためのフォローをおこなっています。2006年の開所以来、埼玉県新座市と、東京都大田区羽田クロノゲート内に事業所を設け、これまで、のべ約240人が、一般企業に就職されています。
いずれも、福祉財団を中心に、ヤマトグループ全体が協力して誕生した組織で、障害者の自立を支援し、給料アップに貢献するため、社会のノーマライゼーションを進めるために、できることから取り組んでいる証のひとつです。
働く歓びを、誰もが感じられる未来に向けて。
聞き手:福祉財団の今後の取り組みについてお聞かせください。
山内:これまでの活動を踏まえ、この先も、小倉昌男さんの思いをしっかり受け継いで、なすべきことを進めていきたいと考えています。
ただ、時代はどんどん変わっています。急速にデジタル社会が到来し、おそらく働き方とか、事業のやりかたが大きく変化していくのは間違いありません。
それにあわせて、障害のあるかたの働き方や、働く場も変わっていくことでしょう。そこには、いろいろな新しいやりかたも出てくると思います。時代の変化に合わせて、より多くの取り組みを、私たちも十分に研究して広げていきたいと思っています。
もちろん、ヤマトグループ各社、それぞれの職場では、障害者の雇用率が、国の定める法定雇用率を大きく上回って、すでに3000人を超える障害のあるかたといっしょに働いています。
しかし、障害者雇用を単に広げること、国の定める基準をクリアすること、そのものが目的ではありません。
ヤマトグループの中で働いている人が、障害のあるなしに関わらず、生きがいとか、働きがいを感じられるよう、困ったときにサポートの手が届くような環境を作ることが、そのままノーマライゼーションに直結するのだと思います。そうした環境を実現するのがまず第一で、そうすれば結果として働きたいというかたが増え、障害のあるかたの雇用も、自ずと広がってくるはずです。
福祉財団として、そのためにも、みなさんに、もっともっとどんなことが必要か知ってもらい、みなさんからのご意見もたくさんいただきたいと思っています。
障害者も含め、みんなが幸せになれる社会を。小倉昌男さんが思い描いた社会の実現へ、ヤマトグループ全体で向かっていけるよう、福祉財団も、その役割を揺るがすことなく、尽力していきます。