冗談から駒。ピンチをチャンスに。
佐伯の市街地から、清流として知られる番匠川を遡るように、車で10分ほど行くと広がる里山の中に、口コミで人気に火がついた、燻製屋 くんくん の燻製工場があります。調味や、袋詰めをするキッチン建屋の脇に、ディーワイアイで建てられた燻製工場は、味のある山小屋風。大型ロッカーのような燻製機もこれまた手作りで、現在は、5台がフル稼働で、日々、食材を燻しています。
同市の桜の名所、岩屋の千本桜の間伐材を用いた燻製商品を、くんくんは開発、販売しています。ナッツを燻製して、フレーバーをつけた、スナッツシリーズは、お酒好きを中心に、リピーターが続出。でも、その商品開発や製造に、障害のあるかたが活躍していることを知る取引先、お客様はわずかです。
「福祉施設で作っている、と率先して言ったことはないんです。そこで勝負したくないので」と、語るのは、太陽農園の管理者で、くんくんの代表も務める柴田徹也さん。
90年代からつづく社会福祉法人が、障害者の新しい職場づくりの目的で、2009年に立ち上げた太陽農園。最初は、仲間の別グループが製造したパンを仕入れて、売り歩きました。その後は、木工に力を入れ、技術力がつくにしたがって、売上も上がりかけた矢先、「熊本の地震があって、受注がピタっと止まってしまったんです」。
そんなころです。柴田さんが、個人的な趣味で30年続けてきた燻製を肴に、お酒の好きな利用者さんと飲んでいた席で飛び出した、「おつまみとか、作りたいよね」の一言。
軽い冗談のつもりが、次第に熱を帯び、理事長のオーケーも出ることに。試験的に燻製ナッツを製造し、「パンといっしょに販売に持っていくと、だんだんと売れ出したんです」。
ちょっとした人生の輝きに報われる。
ナッツを最初に選んだのは、食中毒の危険が低く、賞味期限の長さから、ロスも少ないと踏んだから。さらに改良に改良を重ねていきます。
「口コミが広がって、イベント参加の依頼がかかる。イベントに出店した他所の店舗も興味を持って、仕入れてくれたり。そこからは、見知らぬ北海道や、海外のかたが、インスタグラムに写真を上げてくれたりして、わーっと広がっていきました」。
柴田さんは、自分たちの燻製をもっとアピールするために、移動販売車の購入を計画しました。当財団からの助成金、368万円を元手に、2022年10月に入手したのが、走行距離20万キロメートルの中古キッチンカー。ウォークスルー宅急便配達車両を、前オーナーが唐揚げ店用に改造した来歴を持つ一台です。
営業場所や、イベントの性格に合わせて、メニューはその都度変え、燻製ハムのサンドイッチや、燻製のアラカルトなどをメインにしつつ、燻製ナッツもお勧めするスタイルで、各地へ出向いています。
利用者への給料は、2011年には、多い人で1万円ぐらいでしたが、くんくんが正式にスタートした2019年からは、燻製事業の売上が一気に上がり、初年度で約600万円、2022年度には2300万円に達しました。移動販売は、売上そのものよりも、宣伝効果への貢献が高いとしつつも、2023年度平均給料は、昨年より約40パーセントアップの39,061円になりました。
理事長の中西玲子さんは、給料アップで利用者が変わったと実感しています。
「くんくんで頑張っている、まーくんが、『ボーナスでリュックを買ったよ』と、見せてくれる。5千円の工賃では、何か買おうとも思いもしなかったでしょうが、ボーナスももらえるようになって、一歩前進というか、前向きになった姿に、職員の側も勇気づけられています」。
夢への道も自分たちのスタイルで。
今までのご苦労を柴田さんにお伺いすると、楽しいことばかりで、強いて言うならば、ナッツを卸してくれる問屋探しぐらいだったそう。
「東京の問屋さんから始めて、全国を片っ端から電話しました。うちみたいな小さいところは、何トン単位とはいかず、どこも取引をオーケーしてくれるのが難しいんですけど、『僕らには夢があるんです』と、お話しすると、福岡の問屋さんが快く引き受けてくれました」。
「障害を持っていても、人生を楽しむことができる。ナッツで儲けて、みんなでハワイに行こう」。それが、くんくんの合い言葉です。
いま、柴田さんたちは、くんくんブランドをいっしょに盛り上げていく仲間を増やす試みに挑戦しています。高知と鹿児島の福祉施設に、無償でノウハウを提供。燻製機も原価で譲り、ナッツの卸問屋も紹介しました。
「そこで手数料とかを取りたいとは思いません。燻製屋 くんくんって、製品にただ冠してもらうだけで、いろいろな展開が広がると思うんです。こういう形で、もし日本中をシェアできたら面白いじゃないですか」。
給料が出せずに苦労しているのはどこも同じ。「お互いさまですよ、福祉事業所は」と、中西理事長も語ります。
交流のなかで、たとえばくんくんの利用者が、講師として指導するような機会も生まれました。これまでにはなかった、成長と自信の場です。ゆるやかな連帯が、つぎに何をもたらすのか、期待が膨らみます。