追い求める未来は、自らの精一杯を賭けて。
アナウンスとの出会い。
大学入学を機に、鹿児島から上京した岩川よしのさん。放送学科でアナウンスやシーエム制作について学ぶ4年生です。明るく、ハキハキとした話しぶりが印象的です。
その佇まいからは想像もつきませんが、物心つくまえから、9度もの大きな手術を経験してきました。背骨が湾曲して成長し、それが内臓にも悪い影響を及ぼしたり、右手の関節が癒合するといった症状のためです。
「原因は分からないんです。でも今はわりと身体の調子も良くて、健康に過ごしています。手術のおかけで、痛いコルセットも手放せるようになりました」。
中学に入り、書道部と数学オリンピック部に入った岩川さんは、ある日、「放送部に入らないか?」と、顧問の先生から誘われます。これ以上の掛け持ちは、と、受け流していましたが、ついには職員室で入部届を渡されてしまいます。
国語科だった顧問の先生は、授業での岩川さんの音読に惚れ込み、熱心に勧誘したのです。
中学2年生で出場したNHK杯は、朗読部門で全国大会まで進み、他校主催のアナウンスコンテストでも、3年生で最優秀賞を受賞と、気がつけば、放送部の魅力にすっかりはまっていました。
「高校でも続けたい思いが湧いて、放送部がなかった高校では部を作っていただきました」。
東京パラ2020に感じた運命。
やがて学年も上がり、夏休みに進路相談がおこなわれました。
「こんなに夢中になったアナウンスを続けていきたい」と、口にしましたが、担任の先生は、「夢を変えて」と、否定的でした。
強いショックを受け、学校へも通えなくなりました。手に職をということで、浪人の末、九州の、とある薬学部に進学したのは2020年のことです。
あい前後して、そのころ、ひとつのネット記事が岩川さんの目に留まります。東京パラリンピック開会式のキャスト募集オーディションです。センター試験の前夜、「パソコンで志望動機の文章を書いて、気づけば応募していました」。なんと、いちじ審査は無事、通過。
「二次の面接では、東京で練習が続きますが、参加できますか、と尋ねられて、思わず、はい、行けます、と言ってしまって」。
九州から練習に通うことは難しい。でも、あるインスピレーションが彼女を捉えていました。
「もし、このオーディションに受かって、式に出演できたら、自分の道が変わるかもしれない」。
折しも、コロナの流行が重なり、開催は1年、延期が決定。そこで、「親や親戚が集まった時に、もう1年浪人させてほしい。東京の大学に進路を変更させてほしい、とお願いしました」。
有言実行、岩川さんは、2021年に難関のにちげいに合格。そして夏、パラリンピック開会式にも念願の出演を果たしました。
就活で感じた、社会の壁。
夢の実現に向けて、就活には、早くから取りかかりました。
「2年生からアナウンサー志望で、各局のインターンシップや、アナウンス スクールを受けました」。
北は北海道から、南は鹿児島まで、25社以上に挑戦する日々。旅費も馬鹿になりません。
「アルバイトの収入だけでは賄えなくて、財団からいただいた奨学金を貯めて充てました。もう本当に感謝しています」。
3年生となり、就活が本格化すると、壁の高さも実感しました。
「どんどん落ちるので、とにかく『次、次。絶対、内定取る』と、前を向くよう、心がけました。でも、障害があるっていうことは、自分が思っていた以上に難しいことなんだな、と。トントン拍子で進んでいたのに、面接で障害の話をした途端、顔色が変わる。空気が変わったと感じることもありました」。
今年、第20回エーシージャパン広告学生賞、テレビシーエム部門で、岩川さんが代表を務め、4人の友人と制作した作品が見事、グランプリを射止めました。
作品タイトルは「募集要項」。
校舎のエレベーターに向かう3人の学生が、就活について話していると、ひとりの女の子の足が止まります。閉じたエレベーターの扉には、大きく、心身ともに健康な人、の文字が。
募集要項の常套句を切り口に、自身の就活でいだいた違和感を、30秒に込めた作品が、高い評価を得たのです。
紡いだ夢と、就活の行方。
「3つの放送局から内々定をいただきました。九州地方の局からは、『アナウンサー職は難しいけど、制作などの総合職で進みませんか』と、お話をいただきました。東海地方の局は、今年、アナウンサーの募集がなく、こちらも総合職での内々定でした」。
最初は気持ちの切り替えが難しかった、と岩川さん。しかし、今はこう考えています。
「エーアイアナウンサーが登場する時代になって、より求められるようになるのは、自分で取材し、思いを伝えること。
だったら放送学科でやってきたことは、記者やレポーター、ディレクターやプロデューサーであっても、きっと役立つはず」。
病気で苦労した経験を生かし、社会で困っている人の存在を伝えたい。世の中が変わるきっかけとなるような番組を作りたい。岩川さんは、来春の入局を待ち遠しく感じています。