脱 請負依存へ、舵を切る。
まだ肌寒い圃場に片屋根型の2つのビニールハウスが見えてきました。間口、約6メートルかける奥行き40メートル。昨年2月に完成したばかり。2棟で、総工費は1,150万円ほどを要しましたが、アイティーを駆使した、スマート農業に対応した最新の設備です。この投資の一部に、当財団の助成を活用して、実現に漕ぎ着けたのが多機能事業所コルです。
広島県尾道市。2014年の設立以来、引きこもりや、障害者の就労支援に力を注いできたコル。古物の清掃や、部品加工といった請負、仕出し弁当店の洗い場など、施設外就労を通じて、利用者の適性を探りつつ、能力と就労意欲の育成をサポートしてきました。
しかし、事態を一変させたのがコロナです。
「全部、影響を受けたんですよね。工場の仕事も半減くらいポンと落ちて。もうほぼ全滅でしたね」と、理事長の上田信之さん。工賃支払の収支は2020年度、赤字に陥りました。
独自の事業を持たないといけない。そこで下した決断こそ、農業事業への参入でした。
「コロナの2、3年くらい前から、これからどういった産業が良いのか、少しは調べていたんですね」と、明かしてくれたのは看護師資格も持つ、管理責任者の佐々木真実さん。
「これからはアイティーと食だと思っていたんですけど、今から私たちがアイティーに入っていくのは難しい。農業は食料自給率の面でも貢献できますし、多種多様な仕事があるので、利用者さんが分担しながら皆が関われる。すごく魅力的だなと。工業に比べれば、経済動向に左右されることも少ない、と思い、決めました」。
正解選びが初心者には難しい。
情報を集めるうちに、狙いを定めたのがアスパラガス。収益性が高く、24センチメートル以上は切る、といった具合に収穫基準が明解。運搬も軽くて、作業者を選びません。また、一度植えると、10年以上も収穫できる永年作物で、毎年耕起する必要がないことも魅力でした。
「理事長と私とで、ジェイエーや、県の農林水産課など、さまざまな窓口に話を聞きに行ったり、研修に行きました。最初は全然相手にしてもらえなかったんですけど、次第に親身に相談に乗ってくれるようになりました」。
ハウスが建つ圃場は、ジェイエーの営業職員が仲介してくれた耕作放棄地です。農林水産課に紹介されたのは県の農業技術センター。
「博士号を持った先生方が何回も指導に来てくれました。初めのうちは、身近で尋ねやすいジェイエーのかたや、近隣の農業経験者を頼っていましたが、意見が一致しませんでした。するとジェイエーのかたが、『佐々木さん、農業には人それぞれ、独自のやり方がある。初心者は全部を聞いていたらダメですよ。まずは、農業技術センターの方法に徹することが、成功への近道ですよ』とアドバイスをくれました」。
2020年、練習として、まずは玉ねぎに挑戦。翌年からアスパラガスを始めました。
絆で育つ、絆が育つアスパラガス。
県ではちょうど、広島アスパラ800プロジェクト、を掲げています。これは温度、かん水、施肥を、アイティーも駆使して管理し、露地物の生産量を800パーセントに引き上げようという野心的な試みです。
当財団の助成を活用した2棟のハウスでも、農業技術センターの指導によるスマート農業が採り入れられています。センサーが、温度や土壌の水分を計測。自動的に、換気や水やりの機械が作動します。
「井戸のポンプが真夏に故障したのですが、センターから、『異常はありませんか』と、電話をいただき、事なきを得たこともあります」と佐々木さん。データはセンターへも送信されているため、生育や病気について、いち早くアドバイスが受けられます。
ハウス内で、アスパラガスは2列の枠板式たかうねで栽培されており、作業負担の軽減はもちろん、幅広にとった畝の間は、車いす移動もスムーズと、独自の工夫も施しました。
収穫したアスパラガスは配食事業者に納入するほか、産直で販売。2023年には、駅近くに店舗を開いて、採れたてアスパラガスと、収穫野菜をつかった日替わり弁当の販売も始めました。お弁当は、日に80食も売れる盛況ぶり。地道に農作業に励む姿は、次第に周囲の方々に認知され、お祭りへの出店なども含め、請負事業だけでは味わえなかった地域との交流も、全員で実感しているそうです。
現在の月額平均給料は約3,2000円ですが、売上は右肩上がりで推移中。今後は、らくうるカートを利用したネット販売も手がける予定です。
生産活動に手応えを感じる佐々木さんは、「今年とは行かなくても、再来年には5万円を実現したい」と意気込みます。
団体名のコルはラテン語の、心、に由来します。「利用者さんの就職先が決まると、その家族が明るくなるんです。それを見て、いい仕事だと思った」と上田理事長。そのためにも永く継続させることを大前提に、取り組んでいきたい、と語ってくださいました。