患者のそばで何ができるのか。
初夏の木漏れ日が差しこむ森を闊歩する鶏たち。ここは、ファーム アグリコラの放牧地。自慢の高品質な卵は、道産原料にこだわった自家配合の飼料、自然に近い、ストレスを極力与えない飼育環境の賜物です。
約3.5ヘクタールの耕作放棄地を譲り受け、当別町で養鶏業を営むのは、水野ともひろさんと、かおりさんご夫妻。ともに看護師からの転身です。養鶏は独学で始めました。
精神科に勤めていたともひろさんは、当時、一冊の本と出会います。当財団、初代理事長、小倉昌男の『福祉を変える経営』です。
「やっぱり精神疾患を抱えている人たちは、働くところがないんです。それで、いずれは就労支援事業所をやろうとかいろいろ考えていたんですけど、3.5ヘクタールの土地があれば農業ができるな、と。太陽を浴びて、風を感じて、仕事をすれば、回復にもつながるだろう、って考えたんです」と、ともひろさん。
一念発起して、ファームを開所したのは、2017年4月のこと。「作物栽培は、北海道では家庭菜園が最大のライバルなので、出荷時期を早めるにはハウスが必須。暑さを考えると、ハウスは早朝作業になるので、利用者さんが主体となるのは難しい。そのうえ、野菜は作業サイクルが1年になってしまうので、翌年には積み上げたものがゼロになってしまい、また一から覚え直してもらうことも。
でも、畜産は1日で仕事が完結するんですよね。それを日々繰り返すので、習熟度合いも上がっていくんです。これは、利用者さんの就労支援にすごくマッチしているなと感じたので。だから鶏だったんですよね」。
就労系サービス事業所として、全国初認証。
最初は、ビニールハウス鶏舎で、200羽から始まったファーム アグリコラ。5年で20倍の4000羽まで規模拡大しましたが、人の手による飼料製造が限界に達していました。そこで、当財団の助成制度に応募。飼料製造の機械化を図り、攪拌機や粉砕機、スクリューコンベアを2022年11月に整備しました。
応募書類には当時、2025年度に飼養羽数10000羽。固定給10万円と、社会保険の完備を計画目標として掲げました。
「実際、機械を入れたことで、10000羽までいけるぞ、っていう見通しが立ちました」。
結果は有言実行。今年の秋にも10000羽到達の予定です。平均給与も、現在9万8000円を超え、法改正の動きにも対応して、厚生年金加入も来年にも実施します。
飼養羽数は売上に直結する、とともひろさん。躍進の影には、したたかな経営戦略も伺えます。
2019年にファーム アグリコラは、卵のオーガニック認証を取得しました。飼料の80パーセント以上が有機飼料であることや、放牧環境など、厳しい審査にクリアする必要があります。
「取得後、すぐに飛び込み営業をかけまくりました。当時、オーガニックエッグを流通しているのは、4か5社しかなかったんです。一番営業したのは、リッツカールトン東京さん。すぐに採用されて、ステップアップのきっかけになりました」。
著名なホテルに売り込みましたが、意識の高い海外資本のほうが感触が良かったそう。
「リッツさんに採用されて自信もつきました。ミシュラン片手に営業して、札幌市内の三つ星店にも採用されるようになりました。
僕はランチェスター経営が好きで勉強していたんですけど、弱者の戦略は、やはり差別化を図って、そこからラインナップを広げていく。これが勝因の一つだったと思います」。
現在はオーガニック卵、平飼い卵、飼料に亜麻仁油の搾りカスを加えた亜麻仁卵の3商品を展開。オーガニック卵の存在が、信頼とブランドイメージの向上に働き、他の商品の売り上げにもプラスしていると言います。
福祉は福祉、商いは商い。
ファーム アグリコラは、今年度の助成に再び採択されました。それで新たに導入したのが、6月から稼働を始めたハンドフォークリフトとジョブサン(トラクターショベル)です。
現在はバケツで運んでいる飼料原料なども、ハンドフォークリフトならば免許不要で、一気に運ぶことができます。ジョブサンは小回りの利く小型トラクターショベルで、除雪や鶏糞の処理などに活躍する予定です。
「鶏糞は廃棄するだけの厄介物ですが、籾殻と混ぜて撹拌、発酵させることで、堆肥化して売っていこうと思っています」。
と、同時に、機械化には、利用者さんの先を見据え、50代、60代になっても働きつづけられる環境を、との願いも込められています。
「やっぱり福祉と経営。その両面を、それぞれしっかりやっていきたい。ただ、福祉は福祉。商いは商い。福祉が商いになってはいけないし、商品としての卵に福祉は入れない。これを守ってきたから、利用者さんもついてきてくれたと思います」と、ともひろさん。設備投資で膨らんだ借入金が軽くなる10年後には、孵化したばかりのヒヨコを育てる育雛舎を建てたいと語る姿は、まだ夢の途上です。