これまでにないワクワク感があった。
聞き手:すべての始まりは、全国の5施設が参加した、2015年3月の水稲自然栽培チャレンジからでした。当時を振り返って、いかがですか?
磯部:本当にお米ができるのかな、っていうのが、まず最初にありました。
つぎに新しいことが始まるな、っていうワクワク感。プロジェクトの持つ深い意味合いは、後々、よく分かってくるのですが、それまで福祉の仲間が集まって、チームとしてやっていくようなことはあまりなかったので、新鮮でしたし、初対面でしたけど、みんな思いは一緒。無我夢中でやっていこう、という感じでした。
川井:私は、ふだん、現場担当ではないのですが、プロジェクトが始まる前、有志の職員が集まって、野菜を作ってみるグループに参加しました。
グリーンピースを植えたんですけど、手探りながらもこれが楽しくて、近くの農家さんに出向いて、わら集めを手伝ってくれた利用者さんも一生懸命。その笑顔がイキイキしていて、自然栽培の活動はすごくいいなって思いましたね。
磯部:いざ農業をやってみると、地域との接点がすごく増えました。
今まで交流のなかった人が話しかけてくれるようになったり、畑というフィールドが、職員と利用者の関係をナチュラルな状態にしてくれている。そんな感覚もあって、すごくいい取り組みなのは、始めて2ヵ月もしないうちに分かりました。ただ、賃金に結びつくか、っていうところはまだまだでしたけど、福祉にとっては良いことだらけ。もっと多くの仲間に知ってもらいたい、と思いました。
農業に対する概念が変わってきた。
聞き手:2年の予定だった検証期間は1年に短縮され、一般社団法人、農福連携自然栽培パーティー全国協議会が、ついに立ち上がりました。参加施設も飛躍的に増えたこの10年でしたが、さまざまなご苦労や、発見があったと思います。
磯部:最初の頃は、実ればいい、みたいな感覚もあって、経営の感覚は、あるとはいえませんでした。
一般農家と比較すると、収量は全然だったかもしれないけど、初年度は、お米もびっくりするぐらい実りましたし、野菜もそこそこ採れた。
ただ、何年かやっていくうちに、だんだん採れなくなってきた、っていう時期はありましたね。今、思えば、技術的な問題でやり方が悪かっただけなんですが、「理念は素晴らしいけど、自然栽培で経営できるかというと難しいかな」と思ったことが3年目くらいにはありました。
近年は、科学的な分析もされていて、コツさえあれば採れるのは分かってきています。自然栽培パーティーでも、弘前大学名誉教授の杉山修一先生に勉強会をお願いしたりして学んでいます。
農業に対する視線も、この10年で、ずいぶん変わってきたと思います。以前は、農業と聞くと、"休みがなくなるぞ" みたいな排他的なスイッチが入ってしまって、興味はあるんだけど、実際にやっていけるかな、と考える福祉施設も多かったです。
ですが、近ごろは休耕地など、農の問題で地域がすごく困っているし、障害のあるかたが活躍できて、「こんなに美味しい野菜は初めて」なんて言ってもらえるようなこともあって、地域とつながりも持てる。時代が変わってきた感じがします。
川井:地域と関わるようになって、利用者さんも、「今日はこの人に会える」みたいなモチベーションを持ったり、自然栽培パーティーに参加する、他の施設の利用者さんとも集まる場ができたので、地域を越えて、利用者同士の交流も生まれましたね。
聞き手:農作業で活躍する利用者を、農福師として表彰するようになった経緯というのは?
磯部:畑の中って、やっぱり常に変化があって、利用者さんも、日々、新しいことにチャレンジして活躍しているのに、ご家族は、「うちの子はなんにもできなくて」と仰る。
ふと考えてみると、「頑張っているのに、ありがとうの声とか、感謝されることって、みんなあんまりないよね」という話になりました。ただ、活躍の姿は利用者さん、それぞれ違うので、丁寧に伝えるには、資格みたいなものを作って表彰したらいいんじゃないか、ということになりました。
滋賀で開催した、2020年の第4回、全国フォーラムで始まったんですが、表彰状の文面は、みんな違うオリジナルなものになっています。
地域共生社会の処方箋になるかも。
聞き手:次の10年に向けて、感じられている課題や、この先の展望をどう描いていらっしゃいますか?
磯部:問題は、農業のことで言うと、気候変動が一番大きい。雨もずっと降らないですし、夏だとかも異常ですね。作付け品種などを考え直さないといけないかな、と思っています。
社会の課題で言えば、耕作休耕地が増加の一途です。「一箇所でもいいから、やってほしい」と頻繁に言われます。
福祉の直接の課題ではないですけど、地域は本当に困っている現状があります。農福連携の姿は、ある程度、確立したと思っていますが、新たな仕組みづくりの必要性も感じています。
川井:地域の小学生と、総合学習の時間で、いっしょにお米づくりをしていますけど、食の大切さや、地域を支えようとしている人たちの存在を知ってもらいたい。
「美味しい野菜をまた作ろうね」といった会話ができる日常は、それだけでしあわせな時間。なので、こうした活動が、いろいろな地域で、じわじわと広がっていくようにしたいですね。
磯部:そのためにも、自然栽培のしっかりとしたノウハウのプログラム化を、今、検討しています。
10年、歩んできて、土の特徴が掴めれば大失敗はない、と分かったんですが、失敗したときに、多くの場合、「自然栽培だから仕方ない」と挫けがちなので、成功しやすい型みたいなものを、全国の福祉マインドのある方々に、きちんと伝えていきたいと考えています。