「今は午前中だけ働いています。お客さんの喜ぶパンを作りたいと思っています。パンのあんこ詰めは、20年近くやっています。あんこ詰めは落ち着けます。あわただしい朝でも、集中できるので、ひとりのペースでできます。大事な仕事をまかされていると思っています」。
S さんは49歳。21歳の時に発病し、人生の半分以上を病気と一緒に生きてきました。今は一人暮らしをしながら、作業所、就労継続支援 B 型事業所で、パンを作っています。
「入院生活は、鍵のかかった病棟でした。鍵が ガチャン と閉まった時に、母が泣いていたことを、あとになって知りました。治った、と、うそをついて退院し、病状が安定しないなか、2、3ヵ月で職を転々とし、どんどん自信をなくしていきました。仕事がなくなり、一番つらかったのは、ひとりでおにぎりを食べながら、家族の帰りを待っている時間でした」。
窓越しの空は、本当にどんよりと見えたそうです。
「病気のことが友人達に広まったある日、先輩が家に来て、頭から足の先までジロジロながめて、黙って出ていったことがありました。ある会社では、病気のことを話して、すぐにクビになりました。病気のことで差別されたり、わかってもらえないことも、とても、つらい」。
「僕は作業所で仲間にめぐまれました。やさしく相談にのってくれたり、仲間は本当に大切です。朝、お互いに手を上げて、やあ、と言うだけで、通じ合うものがあるんですよね」。
「もう病院には戻りたくありません。これからも、今の生活を安定して続けたいです。仲間を大切にして、みんなで一生懸命にパンを作り、きれいに包装をして、掃除をして、毎日を繰り返して、自分の力にしていきたいです」。
緊張しながら、汗をぬぐいながら、大きく呼吸をしながら、とつとつと語る、 S さん。その人生体験をくぐりぬけた言葉のひとつひとつに、 S さんの人間性が滲み出てくるようです。安心できる居場所があり、自分に合った仕事があり、通じ合う仲間がいることが、どれほど大切なものであるか。それを紡ぎ出す作業所での営み。その価値は、生産性や、効率性では、決して、おしはかることができない、と、 S さんの姿が教えています。